数字で見るITベンチャー経営「会社は誰のもの」
「会社は誰のものか?」。この基本的な問いに関してGoogle検索してみると、弁護士の方やネット系新興企業の社長、証券会社の方、コンサルタントの方がいろんな見地から議論をしている。どれも一理あり、なるほどと思うものも多い。私がこれら諸先輩方よりも優れた理論を展開できるとは思えないが、日本の企業風土の中で育ち、1999年に仕事仲間と共にアメリカでベンチャーキャピタルを創業し、これまで数多くのベンチャー企業の栄枯盛衰を見てきた経験から、私が感じたことをいくつか述べてみたいと思う。
会社は株主のもの
結論から言う。会社は株主のものである。会社という概念自体に、アメリカ的なもの、イギリス的なもの、オランダ的なもの、日本的なものというので差異はあるかもしれないが、資本主義経済の中に生きている以上、誰が何と言おうとも会社は株主のものである。そもそも会社の目的は、利益を生み、資金を拠出してくれた株主の利益を最大化することにある。これは「東インド会社」の時代から変わらない摂理であろう。
古くは、株主利益の最大化は配当金を上げることであったが、資本市場が発達してきた今日では、将来的に大きなキャッシュフローを生み出すだろうという期待感から株価が高騰することから、株式売却益によって利益の最大化を図る手法が多く見られるようになった。会社の存在目的が株主の為なのだから、最終決定権は株主にあり、会社は株主の持ち物なのである。
ステークホルダーの利益相反
普通に割り切ればいいのだが、どうしても人間の考えることなので感情が入り、やれ「従業員の努力なしには語れない。」とか「会社はやはり社会に貢献してはじめて存在意義がある。」といった議論が横行し、これをうまくまとめるために「会社は株主・経営陣・従業員・取引先・顧客・社会などのステークホルダーのものである。」という上手な説が出てくる。
この至極あいまいな説は、とっても日本的で、なんとなく皆が気持ちよく聞くことが出来る説だが、大きな矛盾を持っている。そもそも、これらの「ステークホルダー達」は様々な利益相反を抱えている。会社の業績がうまく行っている時は良いが、業績が悪いと経営陣は従業員をクビにせざるを得ない事態も出てくるし、信用不安を起こして取引先が与信枠を小さくするかもしれないし、顧客も足元をみて買い叩いてくるかもしれない。そんなステークホルダー全員が幸せになるケースは稀と考えても良いかも知れない。
こんなベクトルの違う関係者が一緒にされてしまうというのは、別の見方をすれば、株主・創業者・経営者・従業員の役割分担がハッキリしていない事の裏返しだと思う。これは、日本にある一般的な組織の特徴に原因がある。
アメリカ型組織の役割分担
私は常々、日本の会社組織をラグビー型、アメリカの会社組織をアメフト型という分け方をしている。ラグビーは、「All for one, one for all.」といわれるように、全員が一丸となって戦うゲームである。フォワードとバックスという分けはあるが、必要に応じてバックスもモールに参加するし、フォワードもライン参加してくる。一人がいろんな役割を持ち、攻撃もすれば守備もする。作戦はその場の流れで変化し、監督はスタンドで試合を見つめるのが主な仕事で細かい指示はしない。
一方、アメフトは、プレイヤーそれぞれが決まった役割を持つ。クォーターバックはパスを投げ、それを受けるのがワイドレシーバー。オフェンスのラインはクォーターバックを守り、攻撃が終わるとディフェンスのメンバーと入れ替わる。キックをするだけが仕事の人もいれば、パントリターンが専門のチームもある。各人がそれぞれの持ち場の専門家として研鑽をつみ、コーチもオフェンス・ディフェンス・キッキングなどの部門に分かれ、細かく相手戦力を分析して戦術を考え、ヘッドコーチが現場で指示を出し、すべてを統括する。
アメリカの企業の多くは、アメフト的な布陣を組んでおり、特にスタートアップ企業においてその特徴が顕著である。Sales、Marketing、Engineering、Operation、Financeの各部署のトップには、それぞれの分野で百戦錬磨の経験者が就任し、CEOが統括する。CEOはこれらプロ集団のCoordinatorであり、Decision Makerである。CEOにもまた種類があって、創業から従業員30人までの組織を動かすCEOと、30人から100人までの組織を統括するCEOと、100人以上の組織に君臨するCEOでは、役割と適性が違っており、会社のサイズによってCEOは頻繁に変わる。CEOも専門職の一つに過ぎないのである。創業者がCEOになっているケースも珍しい。株主の立場から考えれば、CEOになった経験のない創業者が経営をするよりも、ベテランの経営者に任せた方が安心である。創業者だって株主の立場に立てば、同様に考えるだろう。
因みに、日本の場合、2006年の1月〜9月までにIPOした会社127社のうち67%の会社において、創業者もしくは創業者一族が社長であった。まだまだCEOの専門職化は進んでいないのが現状である。ちなみに創業者が社長であったIPO会社のうち、62%が売上50億円以内の会社であった。(一方で創業者が社長でない会社のうち、売上が50億円以内の会社は37%である。)
しかしながら、アメフト的な企業では、CEOや経営幹部の人事権を握っており、重要事項に関する決議を行うのが、株主の代表によって構成される取締役会であり、取締役のメンバーはすべての株主の利益につながる決断をする義務を負っている。取締役会は50%以上が社外取締役によって構成され、Warren Buffettなどのプロの投資家が少数株主も含めた株主利益の最大化の為に経営陣を管理・監督する。このように各々の役割が決まっており、それぞれの分野の専門家が集まるからこそ、効率が良い経営ができるのである。株主利益の最大化には、当然ながら時間軸も入ってくる。2年で株価が2倍になったほうが、10年で10倍になるよりも利率は良い。
日本のコーポレート・ガバナンスにおける役割分担
ひるがえって日本の典型的な会社を考えると、役割分担のあいまいさが散見される。特に問題なのが、取締役会と執行役員の役割である。当然ながら執行役員も株主利益最大化の為に業務を行うべきであるが、さりとて所詮、人の子である。自身の雇用は安定化させたいだろうし、リスクを犯して会社を大きくするよりも、とりあえず今の給料を得ることに執着する人もいるだろう。また、資本政策については、経営陣に友好的な安定株主を欲しがり、自分の会社が買収されるといったケースになると、自身の雇用を優先する執行役員もいるだろう。
以前に比べると取締役会と執行役員を別にする会社は多い。ただ、取締役会に社外取締役を何人か入れるだけで、実質はあくまで執行役員会が経営判断を行い、取締役会が形骸化している会社は多いのではなかろうか。また、創業社長もしくは社長一族が株式の大きな部分を占める会社も多い。実際に2006年の9ヶ月でIPOした会社のうち59%において、社長や経営陣など社内の人間が半分以上の株式を持っていた。これは理解できるが、社長一族の株主としての立場と、増資資金を拠出する株主の立場は一緒と考えてよいのだろうか。
他方、社内の人間が株式をコントロールするメリットもある。2006年のIPOを見ると、社内の人間が66%超を保有している会社の平均売上高は269億円なのに対し、社内持株比率が66%以下の場合は135億円である。株の保有が従業員や経営陣のモチベーションにつながっている上に、判断のスピードが早いことが業容拡大に寄与していると考えられる。
経営陣は会社の方向性を考え、短期的な収益のみならず、長期的な収益の伸びに必要な将来への人材・設備投資を計画し、短・長期的に株主利益の最大化を図る提案をすることが使命である。それに対し、第三者である株主の立場に立って経営陣の提案を吟味・検討し、それを了承する専門家が、取締役である。取締役会は社長以下経営陣の人事権を持ち、株主は取締役の人事権を持つ。
日本の場合、実質的には社長が取締役会の議長となり、社内取締役が自分達の選任・解任を決定している。これで取締役会のチェック機能が果たせるのか、甚だ疑問である。このようなコーポレート・ガバナンス体制では、経営陣が本当に株主利益の最大化を図ってくれているのかどうか分からず、危なくて投資する気にはなれない。日本企業に、より多くの資金を導入し、業容を拡大するためには、株主を代表して経営陣を管理・監督し、スピードのある運用をサポートできる「プロ」の社外取締役の登場が待たれるところである。
【執筆者紹介】
アントレピア ベンチャーズ Executive Vice President 安永 謙 氏
日商岩井情報産業本部にて、通信機器の営業を行うと共に、通信事業者や米テクノロジーベンチャー企業に対する投融資事業に従事。1999年 仕事仲間と共に独立系IT専門ベンチャーキャピタルであるアントレピアを創業。北米・日本の機関投資家を中心に資金を集め、アメリカを中心にベンチャーキャピタル投資を行う。現在二つのファンドにて約110億円を運用。第3号ファンドとして日本のベンチャー企業に投資するファンドを企画中。