ソフトウェア著作権関連判例集

コンピュータ・プログラムの著作権の保護の範囲

 最近のことではあるが,著作権の保護はプログラムのソース・コードにもオブジェクト・コードにも及ぶということは,確立した判例であるといってよい(Stern Electronics, Inc. v. Kaufman, 669 F.2d 852, 855 n.3 (2d Cir. 1982)〔ソース・コードの事例〕; Apple Computer, Inc. v. Franklin Computer Corp., 714 F.2d 1240, 1246-47 (3d Cir. 1983)〔ソース・コードおよびオブジェクト・コードの事例〕),cert. dismissed, 464 U.S. 1033 (1984); Williams Electronics, Inc. v. Artic International, Inc. 685 F.2d 870 (3d Cir. 1982)〔オブジェクト・コードの事例〕)。しかし本件では,地裁の認定したのは,ソース・コードのコピーでもオブジェクト・コードのコピーでもない。また原告も,かかるコードのコピーがなされたと主張しているわけではない。そうではなくて,地裁の言っているのは,Dentcomプログラムの全体的な構造が Dentalabプログラムの全体的な構造に実質的に類似しているから,後者の著作権は侵害された,ということである(Whelan Associates, 609 F.2d at 1321-22)。従ってここでの問題は,プログラムの単なる構造についての類似性というものが著作権侵害の根拠となりうるのか,あるいは言い換えれば,プログラムの著作権はプログラムの構造をもカバーするのか,それとも文字としての要素,すなわちソース・コードやオブジェクト・コードしかカバーしないものなのか,ということになる。
 連邦著作権法102条(a)(01)は,著作権の保護が「文芸著作物(literary works)」に及ぶと規定し,コンピュータ・プログラムは著作権法上この「文芸著作物」のひとつとして分類されている(H.R. Rep. No. 1476, 94th Cong., 2d Sess. 54, reprinted in 1976 U.S. Code Cong. & Ad. News 5659, 5667)。他の文芸著作物の場合には,文字の部分について実質的類似性がなくとも侵害が認められる。例えば,芝居や小説の場合であれば,そのプロットをコピーすることによって,著作権を侵害することができる。……このように他の文芸著作物との類推によれば,コンピュータ・プログラムであっても,文字の部分のコピーがなくとも侵害が成立することが可能であるといえそうである。しかし被告は,他の文芸著作物にあってはそうであることも,コンピュータ・プログラムについてはそうではない,と主張している。被告はこれについて2つの理由を挙げている。以下順に検討する。

 A 102条(b)およびアイディア/表現の区分  著作権はアイディアではなく,単に表現だけを保護する,というのは自明の理である。……
 被告の主張によれば,コンピュータ・プログラムの構造というものは,その定義からして,アイディアそのものであって,アイディアの表現ではない。従って,この構造はプログラムの著作権によっては保護されえない,というのである。被告のアプローチによれば,それ以外の解釈をとれば著作権法102条(b)に反するとする。この点を検討するにあたって,当法廷は2段階の考え方をとることとする。まず我々は,アイディアと表現の区分に関する判例法を検討して,そこからコンピュータ・プログラムの背景においてこの区分のルールを抽出することとする。そして次に,このルールを本件の事実関係にあてはめることとする。

 1 コンピュータ・プログラムにおける表現とアイディアの区別の基準  アイディアをその表現から区別することは,しばしば難しい作業である。……この2つの間に引かれる線というものは曖昧なものであるから,我々としては,この区別と著作権法の底を流れる実際的な考慮点というものに注意を払わざるをえない。この点に関して,我々は,著作権法の目的とは,情報の保護(インセンティヴ)と頒布ということとの間にバランスを保たせて学術・文化の発展を図ることにあるということを忘れるわけにはゆかない(U.S. Const. Art. I,§8, cl.8〔著作権条項〕〔連邦議会に対して,「著作者に対し……一定期間に限って……その著作物に関する独占的権限を与えることにより……科学の発展を促進する」権限を与えた〕)。
 我々はまず,Baker v. Seldenから検討を始めようと思う。これは,著作権法一般において絶えず生産的な法であるばかりか,本件にはことに関係の深い事件である。というのも,これは本件と同様に,審美的ないし空想的な著作物ではなく,実用的な著作物の事例であったからである。……そこでの問題は,被告のブランク・フォームは原告の本の方法(アイディア)の一部であって,従って著作権の成立していないものをコピーしたことになるのか,それとも,原告の著作権の成立しているテクスト(表現)の一部であるのか,ということであった(Id. at 101)。
 この点を判定するにあたって,最高裁は,保護されていないものと保護されているものとを次のように区別した(Id. at 103)。
 そのものが伝えている技術(例えば,会計処理の方法)が,その本に書かれている方法や図表その他同様のものを使わないと使えないものであるときには,かかる方法や図表はその技術に不可欠なものとみなされ,公衆に与えられたものとみなされる。
 この基準をあてはめて,最高裁は,ブランク・フォームは原告Seldenの会計の方法に不可欠のものであるとし,従って著作権の保護を受けられない,と判示した(Id. at 104)。
 Baker v. Seldenでの最高裁の基準は,アイディアを表現から区別する方法を示唆している。原告Seldenの本が達成しようとした目的に,Baker v. Seldenでの最高裁は焦点をあてて論じているが,それと全く同じように,本件で問題になっている著作物が達成しようとしている目的に関して,アイディアと表現の区別の線は引かれうるものである。言葉を換えれば,実用的な著作物の目的ないし機能は,その著作物のアイディアであり,その目的ないし機能に必要ではない他のすべてのものは,そのアイディアの表現物である(Cf. Apple Computer, Inc. v. Formula Int'l, Inc., 562 F.Supp. 775, 783 (C.D.Ca.1983)〔原告アップルがここで保護しようとしているのはアイディア(例えば,機械が特定の機能を果たすようにすること)ではなく,具体的な表現である。……〕,aff'd, 725 F.2d 521 (9th Cir. 1984))。望ましい目的を達成するのにいくつかの方法がある場合には,そこで選ばれた特定の方法は必ずしも目的ではない。すなわち,これは表現なのであって,アイディアではない。28

 ……(略)……

 このルールが経済的に見ても果たしてそのように言えるかどうかということになると,当然のことながらやや憶測まじりにならざるをえないが,それでも我々は,これがアイディア/表現の区分の基本的な目的,すなわち「特許法と著作権法に反映された競争と保護のバランスをとること」(Herbert Rosenthal Jewelry Corp. v. Kalpakian, 446 F.2d 738, 742 (9th Cir. 1971))を推進するものと考える(Apple Computer, 714 F.2d at 1253 〔Kalpakian判決を引用〕も参照のこと)。先にも述べたが,コンピュータ・プログラミングの中でも最も費用のかかるものは,プログラムの構造と論理の開発部分である。本件で提案されているルールは,著作権の保護を文字の部分であるコンピュータ・コードを越えて及ぼそうということであるが,これが実現すれば,プログラマーに対して適切なインセンティヴを与えることになろう。彼らの最も貴重な労力を保護してやることになるからである。また同時にこれは,同じ目的を達成する新しいコンピュータ・プログラムを開発するについて束縛を与えることにはならないのである。

 ……(略)……

 最後に,ある学説が,コンピュータ・プログラミングの分野における開発と進歩の過程は他の分野のそれとは著しく異なっており,従って他のそれに比べて制限的な著作権法の適用が必要である旨述べている点について,検討する。この議論によると,コンピュータ・テクノロジーにおける進歩は,「飛び石(stepping-stone)」的になされ,「もととなる著作権の成立している著作物を,ある程度盗作するような」プロセスで行われるものであるという(Note, 68 Minn. L. Rev. at 1292〔脚注省略〕)。この結果,この学説は,コンピュータ・プログラムに対して過剰に著作権の保護を与えることはこの分野における進歩を削ぐこととなってしまう,と主張している。
 しかし当法廷は,コンピュータ・テクノロジーやテクニークにおける進歩が他の科学や芸術の分野における進歩と質的に異なっているという議論には納得がゆかない。保護と頒布とのバランスをとるために(前記参照),著作権法は常に,あらゆる知的な先駆者というものは先人の仕事の上に己れの仕事を積み上げるものである,ということを了解しているし,それを法の体系の中に取り込もうと努力してきた。33従って,他の分野から抽出される著作権法上の原則は,コンピュータ・プログラムの分野にもあてはまるものである。

 2 一般的なルールの本件へのあてはめ  ここで提案されているルールは,たしかに問題が全然ないわけではない。このルールは,実用的な著作物や「機能的」な著作物を分析する場合には非常に役に立つ。これらの著作物の目的というものは簡単に述べることができるし,それと識別しやすいからである。これに対して,文学的な著作物や「非機能的な」視覚的表現物については,これらの目的というものを定義づけることは難しいことかもしれない。おそらく,小説や詩や彫刻や絵画の機能とか目的を云々することは不可能と思われるので,こういった著作物の関与している場合にはこのルールはほとんどないし全く適用がない,と言うべきであろう。しかし本件においては,このような困難性は全然ない。実用品であるDentalabプログラムの目的が,歯科ラボの営業を手助けするというところにあることは明白だからである。34また,同様に明白なことだが,このプログラムの構造は,その行う仕事との関係で本質的なものとは言えない。つまり,DentcomやDentalabと同じ機能を果たすが別の構造や設計をもつ競合プログラムが市場には存在するのである。
 この点が地裁の判断においては決定的であったように思われる。地裁は次のように言っている(Whelan Associates, 609 F.Supp. at 1320〔下線引用者〕)。
 ……コンピュータが,ある同じデータを組織化,集積,保持,回収,利用する方法は,数多く存在する。異なるコンピュータ・システムが,互いにコピーをすることなく,機能的に類似の目的に仕えることができるのである。原告のプログラムと競合する,歯科ラボの営業管理のためのプログラムは他にも存在する,ということが証拠上明らかにされている。これら他のプログラムは,同じアイディアや機能の多くを共通にしているが,原告のそれを侵害しているとは主張されていない。コンピュータ・プログラムにおける「アイディアの表現」とは,有益な情報が,スクリーン上に,プリントアウトで,あるいは聴覚的な伝達作用によって,受容,組立て,計算,保持,関連づけ,生産される際の,コンピュータを操作し,コントロールし,あるいは規律する態様をいうものである。
 当法廷もこれに同意するものである。従って,Dentalabプログラムの構造が,プログラムのアイディアではなく表現の一部であるという結論は,必然的なものである。

 ……(略)……

 B CONTUリポート  コンピュータ・プログラムの文字でない部分について著作権が及ばないとする被告の主張の2番目の理由づけは,著作権法古来の原則に則っているというよりも,連邦議会の特別委員会のリポートに依っている。1974年に連邦議会は,コンピュータ・プログラムの分野が急速に発展していて,現行の著作権法を追い抜いてしまっているのではないか,ということを懸念して,立法により,ニュー・テクノロジーと著作権の問題についての研究と報告をさせるべく,「著作物のニュー・テクノロジーによる使用に関する全国委員会(National Commission on New Technological Uses of Copyrighted Works: CONTU)」を発足させた(Pub. L. 93-573, §201, 88 Stat. 1873 (1974))。
 CONTUレポートは,しかし,著作権の保護が文字のコード部分に限定されるべきであるとは決して示唆していない。逆に,著作権の保護の限界を論じた部分においては,リポートはアイディアと表現の2分法について言及しているが,次のように書いている(CONTUレポート 21〔下線引用者〕)。  アイディアを表現から分けることは,……[かっちりしたルールによる理解は難しいが]具体的な事件について裁判所がその判断を下す局面において,よりよく認識することが可能である。……フロー・チャート,ソース・コード,オブジェクト・コードは,著作権の宿るべき著作物である。
 この文の最初の部分は,委員会がコンピュータ・プログラム内の文章でない部分について著作権の有無の判断を保留していると示唆していると言えるが,2番目の部分,とくにフロー・チャートが著作権を取得しうるとしている部分は,文字としてのコードを越えて著作権の保護が及ぶと委員会が考えている証拠である。従って,CONTUレポートは,本件の被告の主張をサポートするものではないのである。

 ……(略)……