NiCT情報通信研究機構
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コラム「情報通信ビジネス最前線」

No4.中国版PHS「小霊通」の普及とその成功秘話 2005.2

1994年・携帯電話端末の販売自由化に続き、翌年からサービス開始されたPHS。それから10年を経た現在、携帯電話の急成長と裏腹に、苦境に立たされていることはいうまでもない。エリア拡大はもとより、MVNO(Mobile Virtual Network Operator:仮想移動通信事業者)参入の受け入れ、データ通信の定額制導入や高速化――など、市場活性化のためのさまざまな試みが行われ、一定ユーザーを抱えているが、携帯電話の加入数とは比較にならない規模で、横這いから微減にとどまっているのが現状だ。

国内PHSの2004年を振り返ると、事業撤退という暗いニュースが相次ぐ一方、生き残った事業者がサービスの高度化や、SIM(Subscriber Identity Module)同様のコンセプトを採用した端末構想を披露するなど、市場拡大に向けた取り組みや努力がみられる。にも関わらず、PHSの加入者数は増えていない。

 国内PHSが苦しむのを尻目に、日本発のPHSが中国で「小霊通」(しゃおりんとん)として受け入れられ、急速に加入者を伸ばしている。図1に、中国におけるPHSの市場規模推移と今後の予測を示す。速報ベースでの2004年累計加入数は、約5700万ともいわれる。中国でも携帯電話は爆発的に成長しているが、それに席巻されているフシは見当たらない。

図1 中国PHS市場の推移と今後の予測(2002年〜2006年)

中国PHS市場の推移と今後の予測(2002年〜2006年)
出典:フライリサーチセンター

 中国では、1998年に浙江省余杭市でPHSが開始され、地方都市を中心として瞬く間に広がり、そして本家たる日本をあっという間に追い抜いた。今や国内PHSの10倍以上のマーケットだ。彼我の差はどうしてここまで開いたのだろうか?  これには、人口の違いだけでは説明できない背景がある。今回は、どうして中国にPHSが根付いていったのか、秘話なども交えながら、その背景や経緯についてみていこう。

中国PHS市場の成長を語る上で、まず触れておかなくてはならないことは、1999年および2002年に行われたオペレータの再編である(図2)。それまで、全ての通信サービスを提供していた中国電信(チャイナテレコム)は、1999年に分割されて固定専業となり、新たに中国電信(固定)、中国移動(チャイナモバイル:GSM)、中国衛星(チャイナサテライト:衛星)、ページャ会社――の4社体制が敷かれた。ページャについては、中国電信の分割前に競合会社として設立された中国聯通(チャイナユニコム)に吸収、その後中国聯通は携帯電話(CDMA)も手がけるようになっている。

図2 中国通信オペレータの再編

図2 中国通信オペレータの再編

出典:フライリサーチセンター

 当時、中国においても携帯電話はオペレータの収入源として有望視されていた。分割によってこのドル箱を失い、収益率の低い固定系オペレータとなってしまった中国電信は、固定系サービスながら携帯電話ライクなPHSの有望性に着目することとなった。とりわけ、中国電信の地方拠点(電信局:現・各分公司)の場合、トラヒックの低い家庭を相手としていたため、PHSを次々と導入して収入を増やしていくこととなる。このようにして中国のPHSは、オペレータ再編という大きなうねりに、絶妙のタイミングで乗る格好をとりながら産声を上げたのである。

 こうしてPHSは、燎原の火のごとく地方都市から大都市部へと広がっていく。携帯電話オペレータである中国移動と中国聯通が、これに危機感を募らせないわけがない。2社の陳情もあって、直接の行政当局である信息産業部(情報産業省)は、1999年11月〜2000年6月まで計3回、PHSに対する停止命令を出した。しかし、一度ついた火の勢いが衰えることはない。ついには、信息産業部とその上部機関である国家発展計画委員会が「PHS無線市内電話の建設と運営における規模に関する通達」(2000年6月28日)を出し、小都市におけるPHSのオペレーションを追認したのだ。

こうした経緯を経て、中国におけるPHS市場は加速していった。その後中国電信は、同社と中国網通(チャイナネットコム)に分割され、2002年より固定系では2大オペレータ体制となり、現在は両社ともにPHSサービスを提供するようになっている。このように中国では、加入者系ネットワークを有する固定系オペレータが、自社交換機で直接PHSサービスを提供するのに対し、日本の場合は環境が大きく異なっている。

 日本のPHS事業者は、加入者系交換機へのアクセスラインを自社敷設するか借用することに加え、アクセスチャージを支払う必要があったことから、携帯電話との間に劇的な料金格差を設定できなかった。そして、エリアを都市部から地方に広げるほど、収益率は悪くなる。この点にこそ、現在の国内PHSの置かれた苦境の遠因があるといっても差し支えないだろう。同じPHSとはいえ、中国と日本ではスタート時の構想からして、大きな違いがあったわけである。

 料金をみると、最近では中国でもPHSと携帯電話の差が縮小してきたとの見方もある。しかし、日本と決定的に異なるのは、中国の携帯電話は米国などと同様、発着分離課金だということだ。つまり、発信側はもとより着信側でも通話料を負担する。これに対しPHSは日本同様、発信者課金である。家庭の固定電話の代替利用や、依然として国民の大部分を占める低所得者層にとって、端末価格や料金が下がってきたとはいえ、携帯電話の敷居はまだ高い。

 中国の場合、携帯電話と異なり都市間ローミングはできないハンデはある。が、中国では97%の人が居住している都市を離れないといわれており、ローミングのニーズはさほど高くないようだ。音質については、通話帯域に32kbpsを使うADPCM(Adaptive Differential Pulse Code Modulation )方式を用いるPHSに分があることは、いうまでもないだろう。

2002年6月に行政当局から条件付きの“お墨付き”を得たPHSは、2003年の1年間だけで新規加入数が2300万、累計ベースでは3600万と大きく飛躍した。そして、本来は小都市部に限定されているのだが、現在では大都市部においてもサービスが提供され、北京ではすでに加入者100万人を超えているのだ。もっとも、先に挙げた「通達」では、大都市でも事務所地域や住宅地域、工場地域などではサービスしてもいいという、抜け穴が加えてあった。また小都市や大都市といっても、通達では人口について触れられているわけでもない。

 信息産業部のPHS停止命令に代表される通り、当初はPHSに対する反発も根強かった。ところが、なかにはPHSを擁護する動きも見られた。都市ごとに必要なPHS用周波数申請に対し、無線管理委員会が周波数許可を出し続けるなど、PHSの火を消さないための動きがあったのである。ともすれば中国の通信政策は、中央集権が地方のすみずみまで行き渡っていると思いがちだが、現実は全く異なる。

 この点が理解できず、日本のように中央の動向さえ押さえておけばいいと考えていた多くの日系企業は、信息産業部のPHS停止命令を見るなり、中国市場からそそくさと撤退してしまった。そして中国系企業は、本家たる日系企業からPHS関連技術やシステム/端末を買い取った――といういきさつがある。このことは、携帯電話の販売についても当てはまる。各地をつぶさにリサーチし、それに合わせた細かなマーケティングを行った海外端末ベンダーが上位シェアを占めていることが如実に物語っている。

 これらが示唆することは、中央監督官庁の動向さえ掴めばよかった国内とは全く様相の異なる、マーケティングにおけるローカライゼーションの重要性である。事業者依存型事業モデルに浸った格好の日系メーカーだが、海外3Gビジネスで成功するためには、このことを強く認識したスタンスが問われるだろう。

さて、2004年までの中国PHS市場は順風満帆に成長してきたが、2008年の北京オリンピックを控えた中国では、ここのところ国家挙げての一大プロジェクト、すなわち3Gに関する話題にこと欠かない。特に中国独自方式「TD-SCDMA」を立ち上げることは、至上課題だ。

 中国3Gライセンス発給がいつになるか――2004年はこの話題で持ちきりの感があった。それぞれの方式のテストを経て、免許そのものは今年中にも発行されると思われるが、W-CDMA/CDMA2000は問題ないにせよ、TD-SCDMAは開発ベンダーが少なく、商用ベースのインフラ運用実績がないこともあり、3方式が足並みを揃えて免許発給されるかは疑問だ。中国がこれまでTD-SCDMAの開発を推進してきたことからすれば、TD-SCDMAを差し置いて他2方式が先行することは、まずないものと考えられる。

 このような情勢のなかにあって、中国行政当局がPHSを全面的に支持する姿勢を見せることはない。図3の通り、現在PHSに割り当てられている周波数帯域は、中国版3GであるTD-SCDMAに振り向けられることとなっており、いずれは召還される方向にある。今のところ、固定から携帯に切り替えるユーザーの食い止め策として、PHSを推進している中国電信や中国網通も、このことに言及している。中国では、固定系サービスとして位置付けられているPHSだが、両社とも3Gライセンスが発給されれば、そのユーザーを3Gにシフトさせるという。両社にとって移動通信サービスへの参入は悲願だ。しかし、ここまで膨れ上がったPHSサービスを、直ちに停止することも考えにくい。

図3 ITU/中国/日本それぞれにおける3G(IMT-2000)用の周波数領域

図3 ITU/中国/日本それぞれにおける3G(IMT-2000)用の周波数領域
単位:MHz

*FDD: Frequency Division Duplex(周波数多重分割):W-CDMAやCDMA2000などで採用されている方式で、上りと下り用にそれぞれ別の周波数帯域を必要とする。
*TDD: Time Division Duplex(時分割多重):PHSや中国のTD-SCDMAで採用されている方式で、時間をずらすことによって上り下りの通信を行うことから、別名「ピンポン伝送」とも言われ、固定系ではISDNで採用されている。
出典:フライリサーチセンター

 このように、これまで急成長を遂げてきた中国PHSにとって、3Gの動静は極めて重要だが、3Gライセンス発給までの曲折や、広い国土をどこまで短期間でカバーするのかといったインフラ構築スケジュール、TD-SCDMA端末やインフラ開発の問題、携帯電話オペレータの既存インフラ投資回収――といった諸要素を踏まえると、先の図に示した予測通り、多少なりとも3Gの影響を受けるにせよ、PHSが急速に落ち込むことはないだろう。ここ2〜3年のうちに、日本の移動電話加入数(携帯電話+PHS)に匹敵する規模に成長することは、十分に射程距離の範囲内とみられる。

多くの日系企業が撤退した後、中国各省都におけるPHSのシステムベンダーはUTスターコム、中興、ルーセントの3社で占められた。そして、UTスターコムを始めとするベンダーは、PHSを橋頭堡として事業の柱を3Gに急シフト中だ。日系企業も、徹底した現地マーケティングに基づいた大胆かつ周到な戦略で、中国3Gビジネスに臨む局面を迎えている。その意味でも、中国PHS市場の成長と、PHS本家たる日系企業が臍を噛んだ経験は、示唆に富むといっても過言ではないだろう。

*TD-SCDMA(Time Division-Synchronous Code Division Multiple Access)
中国が独自に提案したIMT-2000(3G)用の携帯電話規格。日本のPHSと同じく「TDD」(Time Division Duplex:時分割多重)方式を採用しており、上り下りの周波数を別々に用意する必要がないという特徴を持っている。

(ライター:飯塚周一)


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